現代の日本を分析して見ると、こうなる。
日本に構造改革の神風を吹かせるには、まず現在の日本国内の置かれている状況を明確に解りやすく大きく二つに分類する必要がある。
一つは、純粋な日本人による日本国家と、もう一つは、反日達による在日国家である。
前者は、嘘を付かないことを常識としているが、後者は、嘘を付くことがライフワークだ。
どちらも同じ日本国に暮らす人達だから、国家が強い責任を持って対処しなければ国家の一大事となってしまうが、前者は調和的で協力的だが、後者は無責任で破壊的ある。
元々我が国において日本は単一民族国家として日本の繁栄に一致団結して来た国民性であったが、
いつしか現在に至っては日本人50対、在日50の民族国家に分れてしまっている。
これは日本国だけの話ではなく、華人が強い国や州はどこもそうみたいである。だが華僑のせいではない。本国に問題がある。誰でも安心する生活を望むことは人間の権利である。
そう考えると、この現実を理解すれば日本の再生や各国の問題定義や構造改革はそう難しくはない。
なぜなら、問題が解決されないのは問題定義が明確化されておらず、後者である在日達に加担しているのが原因であるからだ。
そしてその対策は意外にシンプルイズベスト、嘘を表面化させて、責任を追及する、ただそれだけである。子供の教育方法と同じである。
嘘つきは一度表面化すると消えて無くなるように、「それは嘘です。責任を取りなさい」、とはっきり言えばそれだけで終了する。
時間は何時でも事実を暴露し、時は全てを覆い隠すように、暴かれない嘘は、暴かない側に責任が生じて問題が激増し、暴かれた嘘には暴かれた側に責任が生じて自滅する。
実際、現代は純粋な日本人だけが日本で暮らしている訳では決してない。
そう話すと、私は差別主義者だと言われる訳だが、男性社会であっては、男というものは、差別も戦争も無くならないのが事実である。平和な社会は女性が創る、男性では不可能であることは歴史が証明している真実だ。
むしろ差別とは男女差別であって女性たちの差別を無くすことが重要である。男女共存社会論である。
男性同士の差別を無くそうなどとは、夢物語であっておとぎ話で非現実的である。
具体的に現在の日本国を分類してみると解りやすいが、あまりにも社会問題が多すぎてその都度分類してみる方がはっきりとして楽しい。
どちらが良いとか悪いとかではなく、日本を、社会問題を一度、二つに分類してみることが問題解決が容易になる。
大体、日本人にも責任がある。今まで在日問題を先延ばしにして来たのがそれである。
バベルと塔が示す様に宥和して完全に守られると内部からの堕落へと落ち込むように、在日達にとってもいい迷惑である。
在日関係を賄賂で解決するにもすでに限界が来ているから、この解決策には国家を二分して考えることが国家100年の計である。
実際、血税を在日に当てて、愛国者には税金を上げるとは、気の小さな日本人のすることであるから、
両者は明確に分類されるまでは決して和合出来ないものなのです。