「酒好き」たちのルーツ。
なぜなら、
大陸から来た民族と、黒潮に乗ってやって来た民族が一緒になった形跡が見当たるからだ。
その形跡は日本人の顔にも表れていて、眉毛の濃さや、血圧の高さにも違いがある。
日本人の始祖の一つの一群が、南海の島々をへながら黒潮に乗って北上して日本にたどり着いても何ら不思議ではない。
まして日本民族の繁栄は海からやって来たように、海域地と内陸部の違いのように、今後の日本の方向性が示しされているのではなかろうか。
「酒好き」とは、
遥か昔から自己欲求の謎を探し求めて来た旅人である。
この「酒好き」達が代々守ってきた最古の伝統の一つに、それは見出すことが出来る。
約4千年前、果てしなく続く大自然の神秘を発見した大賢人たちは、世界に貢献すべくメソポタミアに集結し、文明を築き、それが「酒好き」たちと共に世代を超えて各地に広まってゆく。
シュメール文字、ゾロアスター教、ハンムラビ法典など、時代を超えて「酒好き」たちは一つのシンボルとして語り継がれて、受け継がれて行くメビウスの輪の中にある。
「酒好き」たちは人類史上最も重要な大発見をしたのである。
この「酒好き」たちの大発見は影響すべき重要性を秘めた一つのシンボルの中に結合された、自己欲求によって自らを維持するあらゆる過程をも、勿論生命そのものも含めて生きる為の手段として活用されて来たのである。
「酒好き」たちがワクワクする望ましい姿とは、「酒好き」たちが「酒好き」たちの手によって融合と分裂を繰り返しながら、発展していく「酒好き」たちの遺伝子に受け継がれたその渇望にあるように思う。
「酒好き」たちと言う生命体は連続体である以上、「酒好き」の歴史を忘れた酒族は力が弱くなるように、「酒好き」たちは大昔から自然環境と共存共生への挑戦と応戦の連続にあるのです。
「酒好き」と呼ばれる者たち。
日本には昔から、「酒好き」と呼ばれる者たちが存在する。
こういう人達が隠れていることは、うすうす察しております。
人知れず世の動向を見極め、自らの鍛え上がられた洞察力を持って問題を未然に解決し、優れたコミュニケーション能力を持って社会に貢献したり、書き残したりしている人たちだ。
こう言う人を「酒好き」と言う。
「酒好き」達の普段は良く解らない。
職業や経歴は何も意味を持たず、だいたい職業や年齢などで人を見るのは気づきの無い人達でそんな人には一生「酒好き」は解らない。
「酒好き」と呼ばれる人は、居酒屋をやっていたり、トラックに乗って無線をやっていたり、格闘家だったり、医者だったりする。
この「酒好き」と呼ばれる者達には、平和主義者もいれば、過激派もいる。甘党も辛党もいればオタクもいる。
やり方や理屈はそれぞれに、自分流に自信を持っていらっしゃる。
ところがこういう人は何かが根底で似ているもので、どんな状況下に置かれても迷いが無く、如何なる困難に巻き込まれようとも、進んで時の権力者に貢献し社会問題を解決に導くのである。
時々、居酒屋で「酒好き」に合うことがある。
どうやら「酒好き」同士はすぐに解るようだが、会話はほとんどしない。
しかし、いざという時は非常に優れたコミュニケーション能力を発揮する。
また、こんなことを言われたことがある。
「いつでも準備は出来ていますから」
「何かあったら何時でも呼んでください」
など、「酒好き」達には何かしらの一体感があるようだ。
この間も初めて会った人とお酒の話で盛り上がったがどうも只者ではなさそうだ。その方はタクシーの運転手さんだった。
朝早くから起きて仕事をしていらっしゃる人にも「酒好き」はいる。その人は新聞の販売店さんだった。
ほかにもいらっしゃいます。解りやすいのはお医者さんの「酒好き」です。
共通しているのは目が輝いているのと、後はお酒が好きな事くらいで合うと挨拶をするくらいで付き合いはありません。
付き合いが始まる「酒好き」は偽物なのです。
昔から人知れず表に顔を出さない「酒好き」たちなのです。
もしも宇宙人に酒好きがいたら友達になれるかもしれない。
この世にお酒が存在するのは人間社会に必要だからではなく、神がそう望んだからであると。
ゆえに、お酒とは驚きにある。
実際、生命の喜びは一切のものに優越することを考えると私達はお酒に浮かぶ一本の考える葦にすぎない・・・。
宇宙の視点に立って思う事は、「酒好き」とは、この惑星に生存する一つの酒族である。
なぜなら、
この美しい地球は水の惑星だからだ・・・。
酒族である以上、生きる権利を与えられた、プライドが高く、それは支配者としては未熟だが、この星を愛する守護者としては一人前であり、人と自然との共同作業による霊的な存在でもあるからだ。
何より特徴的なのは「酒好き」達が地球の象徴であるかのようにも見えるからだ。
もしも宇宙人が地球にやって来て、その中に「酒好き」がいたとしたら、私達は宇宙の歴史に残る新たな一歩を踏み出すかもしれない。
「酒好き」達の激しい思い込みが、夢を見て、信じさせて、行動を起こしては可能にする、現象なのです。
韓流ブームと、他国ブームに突入する。
目的は東アジアブームを日本人が創り出すのが希望ですが、どこの国が行っても悪い事ではありません。
大切なのは、日本のレベルアップですから、良いものを取り入れて、改善するだけです。
私も韓流ファンの一人ですが、理由は日本のドラマや映画や音楽はつまらないからで、感性が優れた韓国人が努力を怠らなければそれは感動するに決まっています。
また、親密感があります。このまま行けば次の世界大戦の時は日韓同盟は成功すると思いますから、良いものは良いでいいのです。
それに、一番と二番が競い合うとどうなるかはご存知のように、日本はもっと韓国を受け入れるべきです。
その姿を北朝鮮にも見せてみんなで一緒にやりましょう。
日本とヨーロッパの違いを考えてみました。
EUは、個人があって、家族がある。
EUは、命懸けで女性の要求を応えようとするが、
日本は、女には恥ずかしくて適当に対応する。
日本は、義理や恩義を重んじるが、
EUは、恩の概念がない。
EUは、自己を主張するが、
日本は、穏便に当たり障りなくする。
日本は、はたをらくにする事が労働だが、
EUは、労働は劣った者がする。
EUは、選挙の政策がハッキリしているが、
日本は、誰に投票しても同じだ。
日本は、動物も偉いが、
EUは、動物は野蛮だから教育が必要だと言う。
EUは、人格は自我であり、
日本は、無我だと言う。
日本の教育は、人格の完成を目指し、平和的な国家や社会の継続者として、真理と正義を愛し、個人の価値を貴び、勤労と責任を重んじ、自主的精神に満ちた人を育てる事だが、
EUは、自分と他人の関係が良く解る事、暖かい人間関係が持てる事、厳しくても不運にあっても心の平静を失わない事、真理と人生に対する深い洞察力をもつ事である。
EUは、世界は統一すべきだと考えるが、
日本は、自然のままでいいのだ。
日本の女性はかわいいが、
EUの女性は、美しいである。
EUは、政策や法律は自分達で考えるが、
日本では、アメリカが考えるものだ。
日本では、誰が言ったのかが問題だが、
EUでは、何を言ったのかが問題だ。
EUは、役所が市民を守ってくれるものだが、
日本は、役人に監視されている所だ。
EUは、合意を得る為に妥協しないが、
日本は、長い物には巻かれれば楽だ。
54基の原発が日本にはあるが、これは異常か。
もう一度、広島の186倍の被ばくをしたら、日本は終わりです。政治家は責任を取れるのでしょうか。
チェルノブイリの爆破の後にソ連が崩壊したように、失敗から学ぶロシアの方が優れていると思います。
地震や津波は予知出来ないから、次々に活断層が見つかったとしても、日本の安全は二の次だとして、
原発はコストが掛かっても今さら止める訳にはいかないとしても、
また将来、日本にも核が必要になるかもしれないが、
原発に爆弾が落ちれば原爆を使う必要はありません。
今後、20年の間に被爆者が現れると思いますから、今から福島の子供達の声を拾い集めて伝え続ける事が、現代の政治家改革に繋がるものと考えます。
また、福島が安全であるなら、政治家が福島に移住し、被ばくした物を食べ、自らが率先して福島の復興に貢献出来れば、国民の信用を得られて当選確実ですが、誰もやりたがらないところを見れば安全ではないのでしょうか。
ちょうど、20年後にオリンピック開催と、終戦100年を目前にして、日本は大きく変わると考えます。
私のブログの訪問者はみな優秀な人だから訪問者の数は関係ないね。
日本には、昔から「酒好き」と呼ばれる者達が存在する。
この「酒好き」達とは、
明晰な判断力と、大胆な想像力と、強靭な理性と、見事な雄弁と、混乱に対する勇気と、法に対する恐れを備えた大人物のことである。
また、この「酒好き」と呼ばれる人達は、国家や社会の脅威にはならない。
むしろ国家と協力し合いながら、共存している、安全で安心な社会に従事する強い遺志を持つ者たちのことなのです。
それは日本社会にとって必要不可欠な存在であると断言出来ます。
なぜなら、
この「酒好き」と呼ばれる者とは、この国に深く愛着を感じ、文化を担い、国家の繁栄に手を貸し、人知れず問題解決に貢献して来た事実があるからです。
この「酒好き」と呼ばれる人達の千年の記録には、こう記されております。
酒好き達は国家を転覆させた事実など一度たりとも明記されていないし、また、個性的な日本人の情緒による人間関係や日本の歴史にも、この「酒好き」と呼ばれる者達は大きく貢献して来た事実が隠されているのです。
そして何より、
時の権力者たちは、この「酒好き」と呼ばれる者たちと共に発展して来た文明なのである。
有能なリーダーはみな、この「酒好き」と呼ばれる者達の活用者であると同時に、不出来なリーダーをも支えて来た共存者たちなのである。
キリスト教徒でなくても教会でウエディングドレスはOK。
「全ての悲しいを背負った男」、避けられない犠牲的体験を耐える為にこの世に送られ、それを喜んで耐え、天上の故郷に戻ることをいつも楽しみにしていた人物。
これが、ほとんどの人が持っているイエスのイメージです。大勢の教師たちが助言してきたイメージです。
ところがこれは、聖書を注意深く読めばわかるイメージとは違うのです。
ひ弱?禁欲的?貧血症?とんでもない。イエスは名のある大工でした。それも、道具があまりなく、純然たる力の巻き上げ機や、滑車の代わりだった時代のことです。
「全ての悲しみを背負った男」?いいえ、イエスは行った先々で人々を喜ばせました。病める者、貧しい者、悲観に暮れている者、みんな群れをなしてそのもとに集まり、喜んで帰って行きました。
小さな子供たちはイエスが大好きで、一緒にいると満足して大喜びでした。エルサレムで一番夕食に招待される人物だったのです。
今から約二千年前にイエスはガリラヤの地でこう説いています。
「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい」と。
イエスこそ現代ビジネスの元祖なのです。今の時代に成功しているビジネスのモットーを考えてみてください。「奉仕」にほかなりません。
ところが、ほとんどの人は、支払われる以上に多くを与える、というこの考え方を新しいものだと思っているのです。
イエスの教えは、日々実践することにあるのです。
中国は優れた文化を持って東アジアに光を放つべきです。
きっと今度はサイパンかグァムを取りに行きますよ。
中国人は楽しませてくれます。
スタートレックに出てくるフェレンギ人みたいかな。
ともかく、重要なのは日本の対応です。
ずばり、良い機会ですからアメリカから空母を譲り受けて日本に海軍を創りましょう。
日本は海洋国家であり、日本海域の安全は東アジアの安全であるから、消極的に東アジアの平和を中国に任せるのではなく、日本がリーダーシップを発揮して東アジアの平和と安全を守る事が一番相応しく、またその責任と資格があるのです。
むしろ日本に海軍が無い方が不思議に感じます。
海上自衛隊は国民を守り、日本海軍は東アジア水域の安全を守る。
海上から見守る雄姿に日本の未来が託されているのです。
日本が衛生中立国になるにしても、自国の安全には海軍が必要になるのですから、その準備段階としては良い機会です。
日本政府が中国に対して我慢強いのは良く解りましたから、次は日本国民の自尊心の為にも「これ以上続けるなら海軍を創る」と決断すべきだと考えます。
それぞれの国にある文化には遊びの要素が備わっている。
そして何よりも重要なのは、遊び心に彩られたものであり、また非合理的なものでもあって、その文化の担い手が理論にともなったネオテニー性なのです。
ニーチェはこう言っています。
「本来の人間性には遊びたがる子供が隠されている」と。
子供心とは心を取り戻す生活習慣であり、忙しすぎて心を亡くした大人達の故郷です。
楽しむことは真の感応力の現れで、逆に疲労は人を臆病者に変えてしまうものですから、人生の幸福は楽しみ尽くす以外に方法はありませんし、毎日を楽しまなければ罪人となります。
人類にとって最大の危険は、全ての動物には種を保存する為の攻撃本能が備わっており、それを適度に制御する機能が人間にだけ上手く機能していないと言われているように、その性を変える一番の方法が滅茶苦茶遊ぶ事であり、文化なのです。
世界の歴史や文明は量によって引き継がれるが、文化は質によって伝統を感じるものです。
どちらかと言えば日本では、文化や芸術はのんびりしたもので、国からの補助金で発展した感じもしますが、それでも文化は文化ですから、酒好き文化にも補助金は無理かな。
文化とは立派なネオテニーの使い手なのです。